質問文には、日蓮仏教の本質に矛盾しているところがありますので、
それを指摘しながら、回答したいと思いますよー。
まず、「末端の創価学会員でも菩薩」
これはおかしいでしょう。
2世3世の学会員のなかには、
ご本尊も持たないし、全く学会活動や会合にも出ない会員がいますねぇ。
このような人は、創価学会に名簿があると言っても、
学会員でない人と全く同じですよ。
一方で、積極的に学会活動している学会員がいますねぇ。
この2者が、同じ菩薩などと言える訳がないでしょう。
日蓮仏教は、当然ながら、
名前だけの創価学会員を菩薩などとは言っていませんねぇ。
「菩薩行」を実践する人を菩薩と言ってるのですよ。
しっかりと、日蓮仏教の法理を頭の中に入れてくださいねー。
日蓮大聖人は、
「これには総別の二義あり。
総別の二義少しも相そむけば、成仏思いもよらず」
と教えられていますよ。この法理をしっかりと理解しなければ、
トンチンカンなことを言うことになりますねぇ。
次に、「僧を名乗ったとて、仏罰」と言っていますが、
学会員であろうがなかろうが、「私は僧です」と言ったからといって、
仏罰が出るわけがないではないですか。常識でしょう。
そんなので仏罰があると言えば、「妄想だ」と言って馬鹿にされますよ。
さらに、「仏法上も問題ない」と書いていますが、
このような質問は、仏法上の問題ではなく、
世法の、どうでもよい話ですよ。
質問者さんは、仏法とは関係のない、どうでもよい話を、
仏法に関連づけて、被害妄想的に心配しているだけですよ。
だから回答は、
「仏法上、問題も、関係もない」ということですねー。
末端の創価学会員でも菩薩になれるのか。また、出家もしていない者が、僧と言ったら、仏法上、問題があるのではないか
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