創価学会の折伏の深層動機を自己検証する必要があるだろうと思います。善悪ではなく、本心の層を見つめる ことです。創価学会 における折伏経験者が、当時の自分の内面を冷静に振り返る必要があるのではないでしょうか。

この質問内容は、日蓮仏法の実践者にとっては、
あまり、意味のないものですねぇ。
どうしてかというと、日蓮正宗がまだ、邪教の道に進んでいない頃の法主に、
日寛上人と言う僧侶がいましたねぇ。
その人が次のように書いていますよ。

「妙楽大師謂(い)える有り。『仮使(たとい)発心真実ならざる者も
正境に縁すれば功徳猶多し。若(も)し正境に非ずんば縦(たと)い、
偽妄(ぎもう)無きも亦(また)種と成らず』等云々」

日蓮仏法における、折伏する側の精神状態は、
ある意味で、どうでもいいのですよ。
折伏するという仏道修行の行為そのものが意義があるのであって、
どういう精神で、それを行っているかは問題ではないのですねぇ。

日寛上人は、 中国天台宗の妙楽大師の経文を引用して、
折伏をする理由・動機が、
たとえ、相手を救いたいという真実の心からではなかったとしても、
折伏の行動を為せば、十分に仏道修行になる、
と明言しているわけですねー。

それはそうですよねー。
学会員が折伏をする動機は、それこそ千差万別ですよ。
挙げれば切りがありませんねぇ。
もし、その動機が不純であったならば、
仏道修行にならないというのであれば、
そんな仏法は世界に広まる訳がありませんねぇ。

純粋であるか、不純であるかを、いったい誰が決めるのですか。
また、精神状態の、どこからどこまでが純粋であり、
不純であるというのでしょうか。
そんなことを決めるられるわけがないですよねー。

だから質問者さんのように、
折伏時の精神分析や動機の検証などは、
意味がないのですよ。

逆に、そんな「ひ弱な道徳者」のようなことを言っていたのでは、
折伏などできませんねぇ。
創価学会は日寛上人の精神で、
ダイナミックに折伏行をやったからこそ、
現在のように、世界に1,000万人を超える会員が増えたわけですねー。


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