2028年にASI(超知能)が実現した場合、創価学会の思想は適応できるのでしょうか?最近、Sam Altman氏などが語る「ASI(人工超知能)」の到来が話題になっています。もし本当に人間の知性を包括的に上回る存在が数年以内に登場した場合、社会構造や価値観は大きく変わる可能性があります。創価学会の思想(人間革命・宿命転換・凡夫即仏など)は、この「超知能時代」に適応できると思われますか?テクノロジーが極限まで発展した未来において、創価学会の思想は深化するのか、形骸化するのか、それとも根本的再構成が必要になるのか。

質問を読んで、子供の頃観た映画を思い出しましたねぇ。
それは、チャールズ・チャップリンの『モダン・タイムス』ですねー。
すでに、 90年前の作品ですねー。

映画の中では、ベルトコンベアのシーンの工場で働くチャップリンが、
絶え間なく流れてくる部品のネジを高速で締め続ける作業に追われ、
ついには機械の一部のに巻き込まれていくという、
風刺の効いた爆笑シーンがありましたねぇ。

今、観ても、これほど楽しい作品はあまりないですねー。
当時の人たちは、この映画を見て、科学が発達して、
便利な機械ができれば、人間はその機械の1部になったり、
機械によって人間が動かされるような時代を
少々 、恐怖心を持ちながら予感しましたねぇ。

人間が、世の中のトップに居るのではなくて、
機会がトップに居座って、人間はその下で働く、
という恐怖心ですねー。

ところが、 90年たった現在、ベルトコンベヤーは当たり前ですし、
大量の食事を機械が作るというのも当然ですねー。
科学が発達して機械に使われると思っていましたが、
逆に、人間がその機械を使っているのが現状ですね。

また、ベルトコンベヤーの次には、
コンピューターや人工知能が問題となりましたねぇ。
チャップリンが予感させたものと同じように、
これらが、人間社会を動かすのではないかと心配されましたねぇ。

空想漫画やドラマなどの戦闘シーンでは、
敵国を攻めて行って、最後に中枢部まで攻撃して、
最高責任者まで行き着いてみると、
そこは、人工知能とコンピューターの部屋であった、
というようなものが多く出ましたねぇ。

ところが、現在の実際の姿は、
人間がコンピューターや人工知能を使って、
より便利な生活になっていますねぇ。

ASIも同じになるでしょうねぇ。
ASIに予感させられる、予測不能の恐怖心は、
ベルトコンベヤーが、当時の人々に与えたものとまったく同じですよ。
それらの科学は、人間を超えるような予測をいつもしてきましたが、
結局、人間の知恵が優れていましたねぇ。
おそらく、人間は、ASIを人間のために使うでしょうねぇ。

創価学会・日蓮仏法というのは、
人間の知恵を最高度に発揮させるもですねー。
知恵は知識を使うものですねぇ。
創価教育学の創立者である牧口常三郎会長は、
知識と知恵を明確に区別し、「知識は単に覚えるものではなく、
人生や実生活の課題解決のために役立てるべきである」
という、価値創造の思想を確立しましたねぇ。

ASIは、知恵的な働きをすると言っても、
それはあくまでも知識に基づいた知恵ですねー。
だから、逆に言えばASIなどの技術が発達すればするほど、
人間性を最高に高める日蓮仏法の必要性が重要視されてくるでしょうねぇ。

それにしても、現在のAIでも素晴らしいですねー。
調べごとに費やす時間を、奇跡的に短縮してくれますねぇ。
しかも、かなり専門的な内容でも並みの回答が出てきますねぇ。
例えば次のような質問をしてみましたよ。

『宮沢賢治は、文学作品中に「ナモサダルマプフンダリカサスートラ」
という梵語の音を書き入れている文学者だが、
表記が間違っているのはどうしてか』

日蓮大聖人は次のように書いていますねぇ。

《また云わく、梵語には「薩達磨・芬陀梨伽・蘇多覧」と云う。
ここには「妙法蓮華経」と云うなり。「薩」とは妙なり。
「達磨」とは法なり。「芬陀梨伽」とは蓮華なり。「蘇多覧」とは経なり』

大聖人の読み方を書くと、
「ナム・サ・ダルマ・フンダリキャ・ソタラン」となりますねぇ。
賢治の表記と違うわけです。
それをAIに質問してたわけですねー。
かなり、専門的な内容ですよ。
すると、非常に的確な回答が出てきましたねぇ。
さらに次のような質問もしてましたよ。

『宮沢賢治における「法華経」と「南無妙法蓮華経」は、
どのような意味の違いがあるのか』

この回答は次のように誤って出てきましたねぇ。
「賢治にとって、法華経は世界の真実を教える『教典』であり、
南無妙法蓮華経はその教えを体現し、
自身が菩薩となるための「唱題(修行)」でした。」
というものでしたねぇ。
ところが大聖人は、次のように教えていますねぇ。

《今、末法に入りぬれば、余経も法華経もせんなし、
ただ南無妙法蓮華経なるべし(中略)
この南無妙法蓮華経に余事をまじえば、ゆゆしきひが事なり。
日出でぬれば、とぼしびせんなし。雨のふるに、
露なにのせんかあるべき。嬰児に乳より外のものをやしなうべきか。
良薬にまた薬を加えたることなし》

明らかにAIの回答は間違っていますねぇ。
それで、さらに次のようにも質問していましたよ。

『宮沢賢治は遺言に、「法華経を印刷して知人に配布して欲しい」
と言ったが、日蓮の 「余経も法華経もせんなし、
ただ南無妙法蓮華経なるべし」と違うのはどうしてか』

これも、専門的な内容ですねー。
この回答も、外れたものでしたねぇ。
賢治は、法華経に感動して、国柱会に入会し、
信仰活動を激しくおこないましたねぇ。

その国柱会の指導として、
「国柱会の主義主張は、一言で示せば、
『純正日蓮主義』ということになります。
日蓮聖人を単なる宗祖と仰ぐのではなく、
〈閻浮(世界)一聖〉すなわち末法人類の根本救済を任務として
日本に出現された本化上行菩薩と仰ぎ、
聖人の正しい教えを宣揚するものです」
と説明していますねぇ。
AIの回答は、これに明らかに相違していましたねぇ。

しかしまあ、AIというのは確かに便利ですねー。
ASIが利用可能になれば、賢治に関する
専門的な質問でも、
正解が出てくるような気がしますねぇ。

そういう便利な「道具」を人間が使いこなせれば、
様々な面で、飛躍的に発展する可能性があるでしょうねぇ。
あくまでも人間がASIを使うのであって
ASIに人間が使われたのでは本末転倒ですねー。


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