よく若者が勘違いしていることとして、創価学会の教えは煩悩、欲望を無くすことととらえがちなのですが、実は違います。煩悩即菩提と言って、欲を前進のエネルギーに変えていくことです。なにか、おかしいでしょうか。

そこのところが、多くの人が理解できていませんねぇ。
仏教の修行と言えば、己心の欲望を抑えて、
荒行をするというようなイメージを、皆さん、持っていますねぇ。

確かに、釈尊の初期の仏教のなかには、そういうものがありますねー。
しかし、悟りを開くために煩悩を断じていくと、
どうなるか。
次のような煩悩を断じる修行が実際に行われましたねぇ。

「結局、煩悩は生きているから発生するものだ。
生きること自体が煩悩だ」
ということで、自らの希望で生き埋めになって、
飢え死するという修行ですねー。

こういうのが仏教だと錯覚してる人が実は多いのですよねー。
釈尊が「煩悩を断じよ」と説いたのはどうしてか?
それは、釈尊在世の時代の人々には、享楽にふけることが、
人生の目的だと思うような、風潮があったからですねー。
それでは人間の真実の生き方は、できないわけですよ。

それで、まず、享楽に溺れることから脱出させるために、
「煩悩を断じよ」という教えを説いたわけですねー。
これを小乗教と言います。
これが仏教の本質だと、錯覚してる人が多いのですよねぇ。

釈尊が、享楽に溺れることから脱出した人たちに説いた、
次の教えを大乗仏教というのですよ。
これが釈尊の本心を表した教えですねー。
すなわち、煩悩即菩提ですねー。

日蓮仏法を実践する創価学会は、釈尊の本義である、
煩悩即菩提の修行をしているわけです。

ちなみに、小乗教の戒律主義の仏教が広まった、
東南アジアの国々では、科学技術や社会の発展が遅れましたねぇ。
それも当然ですねー。
よりよい生活をするという煩悩を断じたわけですからねぇ。

長いスパンで国の歴史を見たとき、
その国の民衆が、どのような宗教を信仰しているのか、
ということが、国全体の未来を決めるといってもよいわけですねー。
だからこそ、創価学会の皆さんが、社会のため国のために
頑張っているわけですよ。


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