質問者さんの問題提起は、
創価学会の実態と全体像が把握できずに、
その1部を全体像と錯誤したところから出てきていますよー。
それから、現実の社会の中での人間の、発展する組織というものが、
どういうものかという経験値が非常に低いと言えますねぇ。
創価学会の実態の1部から、全体像をマイナーに空想して、
批判していると言えますねぇ。
現実社会の中での人間組織というのは、良い面も悪い面もあって、
当然ですねー。それをわきまえた上で全体像として評価することが、
組織に対する正当な見方であることは言うまでもありませんねぇ。
質問内容を例えて言えば、
盲目の人が、象の足の爪を触って「象というのは硬い石のようなものだね」
と言っているのに似ていますよー。
どうして、そういう錯誤をするのか。
要するに、創価学会の組織がどういうものか、
理解できていないわけですねー。
創価学会は言うまでもなく、日蓮仏法に準拠した組織ですねー。
それなのに質問者さんは、自身の質問のテーマを
「現代宗教が必ず直面する“構造的矛盾”」と言っていますねぇ。
日蓮仏法を現代宗教の中に含ませているわけです。
これは決定的な誤りですねー。
日蓮仏法と他の宗教との違いが理解できていない証左ですねー。
これでは、創価学会を論じるのに画竜点睛を
欠いていると言わざるを得ませんねぇ。
各疑問については、いちいち答える事は省略しますが、
全体としては、質問者さんの言うような状態になれば、
キリスト教の自己満足に近いものになりますよ。
キリスト教の信者が、腕にけがをして血が流れて、
痛くて苦しいはずなのに、
「神の思し召しと思えば、痛くもなく、逆に感謝します」
というようなものになりますねぇ。
また、論法的には、共産主義体制の批判に適したものになっていますよ。
「共産主義は人民のためのものであると言いながら、
実際には独裁化して、人民を不幸にしている」
というものですねぇ。
まあ、いずれにしても、
創価学会に対して、本質的な認識をする必要がありますねー。
人間主義を唱えながら、なぜ創価学会は“お金中心主義・功徳賛嘆”を本気で超えられないのか?人間主義と資本主義の致命的矛盾を抱えているのではないか。
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