そうですねー。
基本的に、質問者さんの、日蓮仏法の理解が、
誤っているところからくる疑問ですねー。
質問者さんが対比している2者は、
「仏国土に住する色相荘厳の仏 いわゆる、全知全能の仏様」と
「娑婆世界に住む凡夫、すなわち現実に生きる人間」
とを比較したものですねぇ。
そして質問は「創価学会では、仏様になれると言っているのに、
実際の学会員を見るとレベルが低いではないか」
と疑問を投げかけているわけですねー。
実は、この状況を「教義と現場のズレ・ギャップ」と捉えていること自体が、
日蓮仏法に相違しているわけです。
この質問者さんの捉え方は、釈尊の方便権経の低いレベルの仏教ですねー。
釈尊の真髄が明かされた法華経で、
開三顕一が説かれて、悪人成仏・女人成仏がなされ、
十界互具すなわち、仏界即九界・九界即仏界が成立したわけですねー。
だから、2者にズレ・ギャップがあると言うのではなく、
2者は、本来、一体のものだということですねー。
そして、質問者さんが書いている「病気の治癒や収入増、試験合格、
結婚などの具体的願望が多く、
教義上の『内面的成長』『一生成仏』『他者への貢献』とはずれている」
というのは、質問者さんの個人的な倫理観、道徳観みたいなところから、
評価しているに過ぎなく、客観性はないですねー。
九界即仏界ですから、「病気の治癒や収入増、試験合格、
結婚などの具体的願望が多く」
ということで良いのですよ。
大乗仏教は、煩悩即菩提ですから、
九界の煩悩がなければ、仏の境地にもなれないということですよ。
このような大乗仏教の真髄である日蓮仏教を実践する創価学会だからこそ、
これだけ世界に広がったのですよ。
人間の本質をとらえて、そこから現実生活を向上させ、
内面的な深化も成し遂げるということですねー。
質問者さんの考えているような、仏教だとすれば、
ほんの1部の、趣味的な人間が信じるだけで、
世界的な仏教運動にはならないということは分るでしょう。
だから、「どのように調整しているのか」とありますが、
調整する必要などないのですよねー。
質問の課題は、質問者さんの創価学会員に対する観察眼が、
表面的すぎるということと、
自身の普遍性のない偏った人間観から観ているというところにありますねぇ。
そこから、創価学会に対する質問としては、
ピント「ズレ」が生じているわけですねー。
創価学会では「絶対的幸福」「外的条件に左右されない幸福」を目指すと教えられています。しかし、現場の会員の願望を見ると、どうしても「現世利益」に偏る傾向があります。たとえば、病気の治癒や収入増、試験合格、結婚などの具体的願望が多く、教義上の「内面的成長」「一生成仏」「他者への貢献」とはずれている場合が少なくありません。このギャップ・ズレをどう感じ、どのように調整しているのでしょうか?
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