その通りですねー。
戦後の日本社会を、本格的な民主主義社会として、
発展させたエネルギーになっている事は間違いないですねー。
まあ、そのひとつの例としては、政治に関心を持つ人を
増やしたということですねー。
当時の国政選挙に対する、多くの人の感覚は、
「どうせ、我々が誰に投票しようが、世の中は変わらない。
結局、自民党が1部の特権階級のために政治を好きなように、
動かすだけの話だろう」
というものでしたねぇ。
多くの人が、政治とは関係ないと思い、
また、実生活では、選挙や政治どころの話ではなく、
毎日の生活が苦しく、必死に生きていたのですねー。
そんな中で、1967年1月、第31回衆議院選挙が行われました。
これには、公明党として初めて衆議院選に候補者を立てましたねぇ。
結果は驚くべきものでした。
初進出で、一躍25議席を獲得したのです。
各マスコミが、一面大見出しで、報道しましたねぇ。
この時に公明党に投票してくれた人たちは、どのような人であったのか。
それは、これまで政治とは、ほとんど縁のなかった、
投票などにも行かなかった、
庶民の一人ひとりにすぎなかったのですねー。
これまで社会的にも、政治的にも、
全くの無力の人たちであったといってよいでしょう。
この結果は、政治の恩恵を受けることができず、
逆に、政治に苦しめられてきた人々に、大きな希望を与えましたねぇ。
「私たちのような者でも、政治に影響を与えることができるのだ」
この自信を生まれて初めて持つことができたのですよ。
まあ、この時の選挙の背景には、
様々な時代状況、社会状況があったにしても、
前回の衆院選よりも、投票率が上がりましたねぇ。
前回は71% 、この時は74%と上昇しているのですよ。
選挙において、 3%の投票率の変化というのは、非常に大きな動きですねー。
創価学会員が増えることによって、
政治への関心を国民に高めさせたのですねー。
このことは、多くの社会学者も認めている、
創価学会の功績ですねー。
この1点だけでも、創価学会が、社会の近代的発展に、
寄与したは功績は大きいでしょう。
創価学会が、昭和の時代、第二次世界大戦で焼け野原になった日本を勇気づけ高度経済成長の原動力となったのは事実だろう。多くの人々にとって、悲哀を勇気に変え、絶望を希望に変える原動力になったのは、紛れもない事実だろう。
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