いいですね。
ロマンのある話ですねー。
実は、釈尊は、地球外の惑星における仏法流布について、
説いているのですよ。
どこに説かれているかというと、
法華経常不軽菩薩品第20に説かれていますねぇ。
同品には、
「はるか過去、大成国という国を、
威音王という2万億の同名の仏が順番に主宰し、
衆生を教化してきた。
そのうち最初の威音王仏が入滅した後の像法時代は、
増上慢の比丘の勢力が大きくなっていた。
その時に不軽菩薩が現れ、 二十四文字の経を説いて、
衆生を救済した」
とありますねー。
この常不軽菩薩は、釈尊の過去世における修行の姿である、
と釈尊自身がが言っているわけですねー。
釈尊が生きていた時代から「はるか過去」には、
地球上には、仏法を理解するような人類はまだ、
発生していませんから、不軽菩薩の時代というのは、
地球外惑星と考えてよいわけですねー。
宇宙には、無数に近い、太陽のような恒星 が存在します。
当然ながらその周辺には、地球のような惑星が、これまた、
無数に存在していますねぇ。
そうすると、人間のような、あるいはそれ以上の、知的生物が存在するのも、
当然といえますねぇ。
そして、それらの高等生物は、発生してから徐々に高度な知的文化を
醸成していくわけです。
最終的に、宇宙の存在と生命の本質を解き明かした「法(ダルマ)」を
悟ることが出来るわけです。
そしてその「法」を実践することによって、高等生物としての最高の生き方を
満喫できるような生涯になるという事ですねぇ。
その過程は、「威音王仏が入滅した後の像法時代」とあるように、
釈尊が誕生してから地球上に真実の仏法が流布するのと同じなのですねー。
釈尊が誕生してからの千年間、すなわち正法時代は、
釈尊の教えを理解し、素直に受け入れられる衆生の機根だったわけです。
仏法が広まり、それによって、功徳を受ける人々が多くいた時代ですねー。
その後の千年間は、像法時代と言います。
この時代は、釈尊が亡くなって、かなり年限が経っているので、
釈尊の教えが理解されづらくなる期間ですねー。
そこで、釈尊の教えを理論的に、
理性から納得させようとする人物が出てくる訳です。
それが、天台大師ですねー。
「一念三千論」をもって、釈尊の仏法を流布したわけですね。
さらに、釈尊滅後、 3千年目に入った時代を末法と言いますねぇ。
末法は、いつまでかというと、日蓮大聖人は次のように書かれていますよ。
「像法千年の後は末法万年なり」
末法というのは、その惑星が、寿命を終えるまでの時代ということですねー。
この末法の時代は、釈尊からはるかに遠く離れてしまっているので、
仏教が形骸化してしまい、内実が全く無くなってしまった時代ということですねー。
そんな時代には、仏法の本質すなわち、宇宙と生命の存在の「法」を
具現化する仏法者が出てくると釈尊は予言していますねぇ。
それが日蓮大聖人になるわけですよ。
そしてこの新たに確立された「法」は、「末法万年」すなわち、
地球の寿命が尽きるまで流布して、人々は、
人間としての最高の人生、社会、国家を
実現できることになるわけですねー。
高等生命が存在できるあらゆる惑星が、
このような過程を通ると釈尊は予言をしているわけですよ。
さて、それでは、それぞれの惑星における最高の「法」の到達点は、
どのように具現化されるのか、考えてみましょう。
大聖人は次のように書かれていますよ。
「彼の二十四字とこの五字とは、その語殊なりといえども、
その意これ同じ。彼の像法の末とこの末法の初めとは、全く同じ」
釈尊が別の惑星で説いた「二十四字」の「法」と、
大聖人の「妙法蓮華経」とは同じだと書かれていますねぇ。
さらに、「彼の像法の末とこの末法の初めとは、全く同じ」
と書かれています。
これは、すべての惑星の高等生物が、「法」を発見し、
流布して行く過程は、「全く同じ」だと言われているのでしょう。
さらに、大聖人は次のようにも明確に書かれていますよ。
「御義口伝に云わく、この二十四字と妙法の五字は替われども、
その意はこれ同じ。二十四字は略法華経なり」
不軽菩薩が説いたのは、「不軽菩薩の法華経」であり、
大聖人が説かれたのも、「大聖人の法華経」であると
書かれているわけですねー。
ここで「法華経」という表現について確認をしておきましょう。
法華経と言う言葉の使い方は、
釈尊の法華経28品の事だけを指しているわけではありませんねぇ。
釈尊の前世の姿である不軽菩薩が説いた二十四文字の経も、
法華経と言うわけですねー。さらに、天台が説いた、
『摩訶止観』を「像法時代の法華経」と呼んだりしますねぇ。
さらに、南無妙法蓮華経は「末法の法華経」とも言われますねぇ。
要するに「法華経」の意味する内容は、特定の経本ではなくして、
宇宙と生命の本質を説いた「法」であると言う意味なのですねー。
さて、その「法」が、様々な惑星によって、どのような表現として、
具現化されるのか、という事は、これは、想像さえもつきませんねぇ。
間違いのない事は、日蓮仏法の真髄である、
南無妙法蓮華経は、紛れもなく、地球の末法万年に渡る、
人類の永遠的な幸福のための「法」であるということですねー。
地球上で人類ほど同類と殺し合った生物は存在しません。
この根本的な人類の愚かさ、宿命を転換することができるのが、
日蓮仏法であり、南無妙法蓮華経だということですねー。
この人間生命の尊厳を最大限に発揚する日蓮仏法が
地球上に流布した時、人類は、どのような意識になるのでしょうか。
「あなたのお国はどこですか」
ーー地球です
「あなたはどこの民族ですか」
ーー地球民族です
「あなたはどこの人間ですか」
ーー地球人です
南無妙法蓮華経は、時代や場所の違いで異なるものなのか? 古代サンスクリット語においては別の発音になる。 また、地球外知的生命体によって仏法が解き明かされてた場合、題目が全く異なる発音になるとは考えらないか?
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