創価学会は、少子高齢化の波をもろに受けて、組織改編を余儀なくされて、ついに「創価班」や「牙城会」がなくなるんですか?「人材グループ」も解体されるんですか?創価学会の未来はどうなるんですか?もう、中道改革連合や、公明党の選挙どころではないのですか?

本当に面白いですよ。創価学会関係の記事を読むと。
創価学会が、何か動きをすると、
必ず、必要以上に反応しますねぇ。

それに、その記事やSNS上の書き込みを読むと、
全部、共通しているのですよねー。
それは、「創価学会は潰れる・激減する・衰退の道をたどる」
などと言うものばかりですねー。

本当に面白いでしょう。
同じ方向性のことしか、言えないのですねぇ。
創価学会にとって、良い方向のことを言えば、
あちらこちらから、叩かれ、攻撃され、
嫌味を言われるのが分かっているのですねー。

それを覚悟で、言う勇気もなければ、信念もないのですねぇ。
周囲の顔色を伺いながら、周囲に合わして、
受け入れられるようなものしか、 恐れて、言えないのですねぇ。

まあ、日本人の付和雷同と言う、情けない姿ですね。
世界では通用しませんねぇ。

さて、創価学会の組織や構造や活動といったようなものは、
これまでにも、いくらでも改変してきていますよ。
今回の「創価班・牙城会・聖教新聞配達員・女性部」
などの変革は、別に特別なものでもなければ、驚くものでもないですよ。
それを、外部の人間が「創価学会の危機」などと言う方が、
よほど、おもろいですねー。

ひまな人間が多いのですねぇ。
そんなこと言って、喜んでる暇があれば、
もっと仕事をして、税金を払い、世の中の役に立てばいいのにねぇ。

創価学会の組織というのは、時代や世の中の状況に合わして、
様々に改変したからこそ、これだけ発展したわけですよ。
原理主義のような組織であれば、カルト・ドグマ的な宗教として、
一定レベル以上には発展しないものですよ。

簡単に変化の様態を見てみましょう。
昭和30年代までは、分隊・隊・部隊・参謀室
などというような組織形態でしたねぇ。
それが、昭和40年代に入るとブロック体制へと変化しましたねぇ。

これは大きな変化でしたねぇ。
それまでの創価学会の組織は、
折伏した人とされる人が連なって作られた組織でしたねぇ。
だから、 1つの東京の隊組織は、日本全国にあったわけですよ。
ところがブロック体制になってからは、
地域で組織が形成されるようになったわけですねー。
また、人材組織だった輸送班というのもなくなりましたねぇ。

その後、様々な改変をしながら、
現在のような組織形態になっているわけですねー。
だからこれからも、時代に合った、
あるいは時代を先取りするような組織形態になるのは必然のことですよ。

それを組織の弱体と結びつけるのは、
世の中の役に立たない、暇な連中の言うことですねぇ。

創価学会に対するマスコミの見方が、どれほど寝ぼけたものであるか、
創価学会第二代の会長が亡くなった時の報道を見ればよくわかりますよ。

第ニ戸田会長は、1958年(昭和33年)4月2日に亡くなりました。
当時の朝日新聞(4月3日付・東京夕刊)は、
《魔星落つ――戸田城聖氏の死》
との見出しで、戸田会長の急逝を報じましたねぇ。
戸田会長を「魔星」と表現したのですよ。

さらに、その他のマスコミや一般メディアが
「創価学会は空中分解する」
「指導者を失った学会は瓦解する」
といった見出しや論調で報道しましたねぇ。

ところが、その後の創価学会は、ご存知のように、
全世界へ、驚くほどの広がりを見せたわけですねー。

マスコミというのはこのようなものですよ。
まして、無責任で幼稚なSNSの、創価学会に対する見方など、
どうでもよい、世の中に何の影響力もない、雑魚のようなものですよ。
しかも、情けないことには、創価学会の歴史も知らないくせに、
みんな同じ方向を向いて、同じ様な創価学会衰亡説を
口をパクパクさせて言うだけですねー。


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