それはそうでしょうねぇ。
創価学会の人でも、様々な状況があるわけですからね。
ただ、「勝手に聖教新聞を投函」というのは。
あまり聞いたことないですねぇ。
読みたくない人に投函したら、新聞代が損ですからねぇ。
時々 、創価学会に批判的な人で、投票依頼や宗教的勧誘を
迷惑がる人がいますねぇ。
こんな人は、平和ボケしてしまってますねぇ。
選挙運動は、国民に保障された権利ですよ。
逆に言えば、選挙運動しないようなノンポリがいくら増えたとしても、
社会や国は良くなりませんよ。
日本の国政選挙の投票率は50%から60%ですねー。
本当に平和ボケした国民が増えましたねぇ。
最近の韓国大統領選挙は、投票率80%ですよ。
投票依頼されたくらいで、迷惑がるようでは話になりません。
創価学会への勧誘についても、同様ですねー。
宗教にというのは、勧誘して広めて、
多くの人々を救済するというのが、最大の目的ですよ。
勧誘をしない宗教団体というのは、自己満足のドグマであり、
社会に何の役にも立ちませんねぇ。
また、宗教の勧誘については、
憲法の「信教の自由」に基づいたものなのですよ。
「信教の自由」のなかには、当然、
「宗教上の結社の自由 – 宗教団体を設立し、加入する自由、活動する自由」
が含まれていると解釈されていますからねぇ。
これを迷惑がるようでは、これまた平和ボケしてますねぇ。
様々な社会変革というのは、
基本に民衆の1対1の対話運動から出発しているというのは、
歴史が証明していることですよ。
創価学会員の勧誘に対して、
堂々と自分の意見を述べればいいではないですか。
まぁとにかく、現在の日本人というのは、
他者との関わり方を、誤ってますねぇ。
「他人に気を使わず、自由気ままに生きていきたい」
この生き方の、行き着く先は、
現在、大きな社会問題になっている、
「孤独死」の増加ですよ。
創価学会の活動というのは、
こういう、様々な社会問題をよりよい方向に
変革しようとするものなのですねー。
少々 、質問の内容を広げてしまいましたねぇ。
創価学会批判に、学会員は投票依頼、宗教の勧誘、勝手に聖教新聞を投函、という投稿がよくある。そんなことをするのは熱心な人だけか。熱心か熱心でないかの違いか?
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